とむむの日々

埼玉県某市に住む「とむむ」の日記です。2008年3月から、関心のあることを書き連ねる日常の記録です。

通勤の車窓から7

さて、今日の通勤の車窓からは、初めてのPDAについてお話しよう。
まず、PDA(Personal Digital Assistant)=電子手帳が、誤った認識であるということをご存じだろうか。また、PDAを最初に提唱したのが、iPodiTunesを世に出したAppleだということを知る人はもっと少ないだろう。
そもそも、PCとは、元々Personal Computerで個人が利用するコンピュータを意味する言葉だった。しかし、いつの頃からかPCとは仕事で使われるコンピュータとして利用されること多くなっていた。そのため、製品としての格付けとしては、PCに違いはないのだが、personal computerとは、名ばかりで、やってることは、オフコン=office computerなのだ。
そんなPCの抱える矛盾は、クリエイティブな分野で多く使われているMacintoshも同様だった。
そこで、Appleが取り組んだのが、PDAというPCよりもっと個人向けのプライベートコンピューティングを実現する製品群、Newtonだった。
では、何故、そのようなコンセプトで取り組んでいたPDAが電子手帳になってしまったのか。
それは、Newtonの最初の製品がMessagePadという手帳型の製品だったことに起因する。
Newton MessagePadが世に出たことで、「Appleが提唱する新しいコンピューティングであるPDAとは、電子手帳のことだったのか!」と皆が誤解してしまったのである。
これはAppleの説明不足によるところが大きいとは思うが、その時点から世間ではPDA=電子手帳になってしまったのだ。
また、この誤解がNewtonプラットフォームが世に受け入れられなかった一因になっているにではないかと思っている。
また、当時の技術では本当の意味でのPDAを実現できるNewtonハードウェアが作れなかったことも誤解を与え続ける大きな要因になったのだろう。
Newton Message Padは、PDAを実現したいという大きな構想を優先したため、デバイスの大きさが個人が携帯するには大きすぎた。
そのため、このような電子手帳は使えないと世間では酷評された。
当時、Newtonのデバイスを共同開発していた日本のSharpも、Appleの実現したいことが理解できず、自社ブランドでNewton製品を出すという話を断り、ZAURUSに一層注力するという方向に進んでしまう。
また、PalmPilot(Palm)は、色々なことを実現できるように複雑な処理をする、壮大な構想を実現するためにデバイスが大きくなっても仕方がないというNewton MessagePadに対して、制限された環境でできることだけをシンプルに実現する、使い勝手を優先してデバイスの大きさを小さくまとめるという、アンチテーゼ的な発想から生まれた。
Newtonの詳しい話は、また改めてするとしよう。(笑)

ようやく本題に入るが、とむむの最初のPDAは、Newton MessagePad130だった。それは大きいPDAだった。(笑)
とは言え、携帯しないと意味がないと、それを腰に付けるという暴挙に出たぐらい好きだった。
そのコンセプトや発想、NewtonOSの先進性、紙とペンを忠実に実現しようとしたインターフェースなどなど、未だに他に追随されることはないと思っている。
今のハードウェア技術でNewton製品を出せば、きっと世の中は変わってしまうだろう。
MacOSXiPhoneなどで多少は派生技術が再利用されている節はあるが、やっぱり、NewtonOSの復活をして欲しいと思う。
Newton MessagePad最後の製品であるMP2100も持っているが、実家に置いたままだ。久しぶりに触りたくなってきた。(笑)
近々、実家に帰ることがあるので、持って帰ってきて、このblogで紹介しよう。